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エドガー・ケイシーとは

リーディング能力の発見

 ケイシー自身は高校・大学と進んで、将来は医者か牧師になることを夢見ていましたが、父親が農場を担保にして始めた商売に失敗したために、ハイスクールを1年で中退して働きに出なければならなくなりました。

 農場の手伝い、本屋の店員、乾物屋の店員、靴屋の店員など、いくつかの職を転々としましたが、何をやっても内的に満たされないままでした。医者にも牧師にもなれなかったために、ひどい挫折感にあったのです。

 しかし、貧しい家庭に生まれ、進学をあきらめなければならない境遇も、ケイシーのより大きな使命を達成する上で必要なことであったのかもしれません。もし彼が進学し、希望かなって医者か牧師になっていたとしたら、おそらく今日の私たちが知るところのケイシーにはならなかったでしょう。ごく常識的な医者か牧師として生涯を全うしていたかも知れません。そういった意味で、表面上の逆境とは裏腹に、ケイシーの魂はその本来の使命を成就する喜びに心躍っていたのかも知れません。

 さて話を戻すと、仕事を転々としていたケイシーは23才の時、風邪をこじらせたことがきっかけで、原因不明の失声症になりました。当時、保険の外交員と文房具の行商を行っていたケイシーですが、声が出なくなって仕事を続けられなくなり、ついにホプキンスビルの実家に帰って写真館の見習いとして職を得ることにしました。

 地元に戻ってからも色々な病院や治療法を試しましたが、どれも効果なく、もう不治としてあきらめかけていたちょうどその時期に、ケイシーは催眠療法ができるという人物に出会うことになりました。彼の名はアル・レインといいました。

 レインは、ケイシーが15才の時に、昏睡状態で自分の怪我を自分で診断し、治療法を与えたというエピソードを聞いて、ひょっとしたら催眠状態でも、ケイシーは自分自身を診断し治療法を与えられるのでは、と考えました。

 そこで早速、催眠実験が行われることになりました。1901年3月31日のことでした。

 ケイシーは長椅子に横たわると、レインの暗示にすぐに反応しました。深い、深い、催眠状態に入ると、エドガー・ケイシーは自分の病状を診断しました。

 「声帯の筋肉の一部が麻痺している。暗示によって、この部位の血流を増加させ、麻痺を取れば声は出るようになる」
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リーディングの様子

 ケイシーは長椅子に横たわると、レインの暗示にすぐに反応しました。深い、深い、催眠状態に入ると、エドガー・ケイシーは自分の病状を診断しました。

 「声帯の筋肉の一部が麻痺している。暗示によって、この部位の血流を増加させ、麻痺を取れば声は出るようになる」

 ケイシーの指示に従って、レインが暗示を与えると、喉の血流がみるみる増加し、30分後には喉が腫れ上がるほどになりました。そしてケイシー自身の「もうよい。麻痺は取れた」という言葉を合図に、催眠が解かれました。

 エドガー・ケイシーは催眠から醒めると、おそるおそる声を出してみました。「あ~、あ~」一年ぶりに声が戻ったのです。これが記念すべき最初のリーディングとなりました。

 この現象の意味は、ケイシーよりもむしろ催眠術師のレインの見抜くところとなりました。レインは、ケイシーの能力は、他の病人の診断や治療にも使えるはずだと考えたのです。そこで一週間後、今度はレイン自身を実験台にして催眠透視が行われることになりました。

 期待にたがわず、ケイシーはレインの肉体を透視し、診断と治療法を述べることができたのです。そして、長年患っていた消化器系の病気を、数週間で治癒せしめたのです。

 この結果に勇気づけられたレインは、次から次へと、ケイシーに透視診断を頼みました。しかし、エドガー・ケイシー自身は非常に不安を覚えてました。というのも、ケイシー自身は自分が催眠状態で語ったことを何一つ覚えていなかったのです。自分の言ったことで誰かに害を与えはしないだろうか、といつも思い悩んでいました。

 そこで、ケイシーは自分が催眠状態で語ったことをすべて記録するように求めるようになりました。このようなケイシーの催眠透視は、後に「リーディング」と呼ばれるようになりました。

 ケイシーには、リーディングがケイシー自身の全く知らない専門用語を駆使して、病気を診断したり治療法を述べるということが不思議でなりませんでした。そしてそれ以上に不思議だったのは、自分の指示した治療法に従うことで、多くの難病患者が健康を取り戻しているという事実でした。

 エドガー・ケイシーは最初、このようなリーディングの方法が、何かクリスチャンの信仰に反するもののように思えて、何度となくリーディングを止めようとした時期がありました。しかし、不思議なことに、その度に再び声が出なくなったり、あるいは自分の妻が結核になったり、長男が怪我をするなどして、リーディングを取らざるを得ないような状況に遭遇したのです。

 こうしてエドガー・ケイシーの能力は最初の22年間、もっぱら病気治療に使われましたが、1923年のある日、アーサー・ラマースという人物の出現で、新しい応用分野が切り開かれることになりました。